八ヶ岳の森の写真家  松村誠のウェブサイト
Makoto Matsumura Photography
 
 
 

フォトエッセイ写真展 『自然・生命を見つめて』

「虹がもし天と地を結ぶ平和のかけ橋であるなら、両者の距離はぼくたちが想像しているほど、
遠くはないのかもしれない。
雲間からすっとさし降りたこの虹を見て、そう思った。」
 フォトエッセイ#19 『平和の虹』より

 

 

  1. 空色の夢

 
 まだ息子が清里聖ヨハネ保育園に通っていた頃、夕方お迎えにいったその足で、清泉寮のまわりに伸びる幾つものトレイルに、二人でよく歩きにいった。自然の気配に耳を澄ませながらほの明るい雑木林の中の小径を幼い息子とたどる一時は、実は父親の僕にとってこそ、特別な時間だったかもしれない。今日はそんな思い出の中から5月のある日の出来事をひとつ。
 「大地、ほらあそこに鳥の巣があるよ!」「あっ、ほんとだ、ねぇパパ、見てみようよ!」
 いつものトレイルの道端からほんの数本を数えた木の枝に、お椀のような巣が一つ。どうしてまたこんな目立つ場所に・・。まさか卵なんてないだろうと思いながらのぞいてみたら、予想に反して青い卵が4つ、そこに収まっていたのだ。夢見る四つの卵は、木々の若葉を通してさしてくる空の光で染めたように美しい水色だった。なんだか見てはならないものを見てしまったような気になりながら、僕たちはそっと引き返した。
 「卵、どうなっただろうねぇ。」その日以来、卵のことが頭から離れなくなってしまった僕たちは、何日かたってもう一度あの秘密の巣を訪ねてみることにした。
 心臓がドキドキするのを必死で抑えながらしばらく辺りの様子をうかがい、そっと息子を抱き上げるようにして一緒に巣をのぞいてみると・・。

 「あれ?卵ないよ、パパ!どうしたんだろう」と、泣き出しそうな大地。「うーん。なくなっちゃたね。パパにも分からないよ。」と、返事に困る僕。
 荒らされた様子も、卵の青いかけらもなく、ただ空っぽの巣だけが、数日前と変わらない姿で、そこにあった。心にぽっかり穴が空いてしまったような気持ちになった。
 「ねえ大地、自然の中で生きていくって大変なことだね。外敵に食べられたかもしれないし、人間にとられちゃったかもしれない。でも、生きるって、きっとそういうことなんだよ」
 この一枚の写真はもしかしたら、4つの卵が確かにこの世に生きたことを語る、最初で最後の写真なのかもしれない。でも僕はなんだかまだ、あの日の出来事が夢だったような気がしてならないのだ。森の中で息子と二人で見た、空色の夢だったような。
 


 
 
 

 

2. 麦穂の海の帆掛船

 
 5月のある日のこと。七里岩ラインを抜けて韮崎へと向かう道の途中、いつものお気に入りの麦畑の横を通りがかった。刈り入れを間近に控えた麦の穂波が、もうすでにうっすらと色づき始めている。田んぼが主流のこの地域。麦畑はそう多くないので、麦の穂の独特のさわやかさが大好きな僕はついついここに車を止めて、見入ってしまうのだ。
 新緑の風に吹かれてザワザワと、波のように寄せては返す麦穂の大海原を眺めていると、潮の香りこそしないけれども、なんだか本当に海を見ているような気持ちになる。そんな麦穂の海の沖合いに、小さな帆掛け船が一艘、ぽっかりと浮かんでいるのが目に入った。
 あれ、カラスノエンドウかな。ちっぽけな体に似合わずひょうひょうとしていて、おまけに薄赤紫の花まで咲かせて自らの存在を精一杯主張しているあの草。じっと見つめていたら、あんなに小さいのに、どんどん大きく見えてくるから不思議。あっぱれって言葉は、こんな時に使ったらぴったりなんだろうな、なんて感心しながら、あまりにもその様子がほほ笑ましいので、思わずカメラを向けてしまった。 
 どうしてこの光景にこんなに心魅かれたのだろうか。いや、本当は分かっているのだ。
たとえ一人ぼっちでも凛として胸を張り自分らしさを保ち続ける姿に、ちょっと憧れてしまったことを。
 ふいに風が途切れ、傾きかけた午後の陽射しが逆光気味に麦畑を照らし出した瞬間、麦穂の海全体が淡い緑がかった金色の光に包まれ、時が止まった。
 望遠レンズで切り取ったその一瞬。僕は、その憧れの気持ちをこの一枚の写真の中にはたしてどこまで映しこめただろうか....。
 この日以来、麦畑を見るたびに、無意識にこの畑の英雄を探すのが、癖になってしまったようだ。もっとも麦畑のご主人にして見れば、カラスノエンドウは英雄どころか、敬遠すべき宿敵であるに違いないのだろうが...。
 


 

 

 

 
3. 月の入り

 
 青空に浮かぶ昼の月を見るのが好きだ。夜明けとともに力を失って空の中に透けてしまいそうな月を見る時、僕はこの青一色で塗りつぶされた空間のむこうに、宇宙の存在を感じる。すると平面的に見えていた空が、にわかに立体的な深みを帯びて迫ってくるのだ。この日清里の清泉寮ブリッジショップで、久しぶりに会った友人の岳明と話していた。
 「赤い橋」という愛称で親しまれる東沢大橋のすぐ先にあるこの店は、四季を通じて川俣渓谷が見渡せる絶好の展望ポイントに建つ。
 大きな窓越しに何気なく山を見る。青空に浮かぶ月が、権現岳から伸びる稜線の向こうに今まさに沈もうとしているところだった。ただ、その沈む速さが尋常ではないように感じた。
思わず手にしていたコーヒーカップをカメラに持ち替えて外に走り出る。ファインダーの中で、かげろうにゆらぐ月が本当に「ゴォーッ」と音がしているのではないかと錯覚するほどの勢いで、稜線の向こうに吸い込まれていく。「うわぁ。月が、月が」と声を上げながら、僕は夢中でシャッターを押していた。ほんの十秒たらずの出来事だったのかもしれない。
 我に返った僕は、思わず真顔で岳明に聞いた。「ねえ。月が沈むってことは、地球が回転して行くから見えなくなるということだよね。」ということは、今感じたあの凄まじい速さというのは、自分が乗っている地球が回っているスピードそのものを実感したということなのか。
 空にぽつんと浮かんでいる月をいくら眺めていても、地球の自転をこれほどまでに感じることはないだろう。しかし偶然山の稜線と重ねるように月を見た時、そのスピードが実はとてつもないものであることを知った。もちろん地球の自転など意識しなくても生活に支障はないかも知れないが、地球と月の誕生以来休むことなく続いてきたこの営みをこんなに衝撃的に感じられたことは、僕にとって大きな収穫だったと思うのだ。
 


 
 

 

4.ふたり

 
 清里聖ヨハネ保育園に通う息子の送迎の後にちょっとだけ森を散歩するのが、当時の日課となっていた。僕にとってこの時間は、何か新しいことに気づくとても大切な時間だったのだ。
 この日、僕は道脇の草むらに咲いているアカツメクサに出会った。明治初期に牧草として渡来したこの植物は今では日本のどこでも普通に見られる草だが、実はこれがなかなか美しい。思わず無意識に「きれいだね、君たち」と声をかけてしまった。
 身の丈せいぜい30センチ程のアカツメクサ。この花を同じ目線で見ようとしたら、大人にとってはかなりつらい姿勢を強いられることになる。えい、ままよと、思いきって草むらにうずくまってみた。するとそこにはいつもと全く違った視界が広がっていた。朝露で身を飾り、まるでフィールドバレエの野外ステージに立つパートナーのように寄り添って立つ二つの薄桃色の花が、緑の光の中に浮かび上がっているのだ。踊り手の一瞬の息遣いすら聞こえてきそうな気が....。
 「うーん。視点を変えるって、すごいことなんだな」と、思わず独り言。朝露に濡れたズボンは冷たかったが、感動はその冷たさを補って、はるかに余りあるものだった。
 大人になってから、素直に感動する機会が少なくなったような気がする。その理由の一つは、視点の変化にあるのかもしれない。子どもは理性よりも感性で物事を体験しようとする。あえて視点を下げて見ることは子どもの視点に戻ること、つまり自分が今まで積み上げてきた観念とか体裁といったものを一旦すべて投げ出して、裸の心で物事に触れる試みなのだろう。そうすれば僕たちは子どもの時に体験していた、あのわくわくするような感動の世界を、再び取り戻すことができるのではないだろうか。
 「あんちゃん。どうしたでぇ?」
 でも、たまに、こんな感じで散歩のおじいさんに心配そうに上からのぞき込まれて、照れ笑いするなんてことも、ないわけではないのだが....。 
 


 
 

  

5.樹と語った日

 
 大泉村を東西に走る泉ラインのすぐ脇に、八右衛門湧水という湧き水がある。その傍らにひっそりとたたずむ大きなケヤキの樹が僕は大好きで、時々無性にこの樹に会いたくてたまらなくなる。この樹に触れていると、とても優しい気持ちになれるのだ。苔に覆われた鎧のように固い木肌は、強さの中に暖かさをも合わせ持っていることを、僕は知っている。
 ある時、僕はその大きな幹に背中をあずけて、静かに問いかけてみた。「あなたは一体どれだけたくさんの冬を越して、今日まで生きて来たのですか」と。
 見上げれば、まるで夜空の星のようにちりばめられた無数の葉が、思い思いの緑色に輝きながら、空を覆い尽くしていた。その時、あずけた背中を通して樹の想いが心に染みて来るのを感じた。静かな波のように優しく。それは生きとし生けるすべての生命ヘの深い慈愛と共感。すべての生命は同じ大きな根源的生命から生まれ、あらゆるものがその根源的生命の断片を分かち合っているという記憶。永遠の時の流れの中でいつしか心は溶け合い一つになり、僕は樹になり、樹は僕になった。
 樹は歌い、樹は語る。樹は悦び、樹は憂う。樹は慈しみ、樹は育む。樹は叫び、樹は静かにささやく。
 「人とは何者か。なぜ争い、なぜ愛せないのか。」
 この宇宙は、気の遠くなるような数えきれない生命の糸が織り合わさってできている一枚の布のようなもの。全体が一つの生命であり、すべての生命は大きな生命の中の一部。 そう。あらゆる生命は家族なのだ。
 幹の中を吸い上げられてゆく、かすかな水の音を聴いた。それはこの世における僕の生涯の一日が始まるずっと以前に、母の中で聴いていた、懐かしい鼓動の記憶。
 深い優しさと愛おしさに包まれて、僕は、いつまでもそこを動くことができなかった。

 

 
 

  

6.夏の日の記憶

 
 「クレア、川に行こうか。」 僕は彼女を散歩に誘った。彼女といってもクレアは6月に我が家にやってきたばかりの、まだやんちゃ盛りの黒ラブなのだが。
 廻り目平は金峰山への登山口としても知られるが、浅くてきれいな川は子どもの水遊びにも最適だ。この日我が家も、いつもの仲良し家族と一緒に一泊で水遊びキャンプに来ているのだ。ママと遊んでいるチビ達を横目に見ながら、僕はクレアと上流へと遡りはじめた。木漏れ日が、明るい川底に複雑な光のしま模様を描き出し、小石を転がしながらコロコロと歌うように浅瀬を流れていく澄んだ水の音が、そのまま体に溶け込んでくるように心地よい。
 ふと僕はある光景に釘付けになった。先を行くクレアが振り向いて僕を見つめる。いや、とりたてて珍しい光景ではないのだ。僕がそこに見たのは、白い斑入りの湿った岩に苔が生え、その上にカラマツの枯れ葉と白樺の若葉が一枚…。
 どういう過程でできたにせよこの岩は少なくとも今、生きてはいない。
しかしその表面には生命が宿っている。無数の冬を重ね、岩は風化し砂が生まれる。そこに水が加われば微生物の住む環境が整い、やがて有機物を含んだこのわずかな砂礫に苔が生じ、そこに白樺の葉が、舞い落ちてきたというわけだ。すると、十センチ四方にも満たないこの空間には、気の遠くなるような時間をかけた生命の記憶が凝縮していることになる。 生と死のプロセス。断絶しているかのように思えるこの両者の間には、しかし、確かな連続がある。でも、生命の境とは一体どこに...。
 ベロン 「うわっ」
 突然顔をなめられ我に返れば、ずぶ濡れになったクレアの円らな瞳が目の前で笑っていた。まるで、そんな難しいこと考えてないで水遊びしようよとでも言うように。犬にも笑顔があるのだ。
 「アハハ、ごめんよ」と言いながら、僕はお返しにクレアの顔にたっぷり水を浴びせた。あとはもう大変。彼女も僕もずぶ濡れになったのは言うまでもない。そして気がつけば、あっ、カメラも....。
 
 


 
 

  

7.森の夜道で

 
 「バサッ」 突然、視界をかすめるように何かが低空で横切り、闇の中に消えた。ほんの一瞬の出来事だった。
 その日、ぼくは井富湖を抜けて甲斐大泉駅へと続く森の夜道を走っていた。このあたりは野鳥の観察地として知られているが、夜は夜で思いがけない動物に出くわすことが結構多いのだ。そういえば、いつだったか月の明るい冬の夜に、うっすらと雪の積もったこの森の道で、突然出てきた大きな雄鹿とぶつかりそうになって肝を冷やしたこともあった。ぼくは速度を緩め、辺りを探るようにゆっくりと車を進めてみた。
 今フロントガラス越しに見たその主に、すぐまた会えるような気がしたのだ。果たしてその先の、道に倒れかかるように傾いた山桜の木の枝に、ヘッドライトに照らされた一羽のフクロウがこちらを向いて止まっていた。
 ずっとフクロウに会いたかった。でも、こんなに思いがけずその機会が来るとは…。
 「警戒しなくていいからね。頼むから、まだ逃げるなよ」なだめるようにフクロウを見つめながら、後部座席のカメラをそっと引き寄せた。
 ヘッドライトを受けてぼんやりと浮かび上がったフクロウの輪郭をとらえるには、オートフォーカスは全く無力だ。はやる気持ちを抑え、手に汗握りながら目測でピントを合わせ、祈るような気持ちで三枚のシャッターを切る。最後のシャッターを切った瞬間、森の狩人はふいに音もなく飛び立ち、再び夜陰に紛れていった。一気に緊張の解けたぼくも、ぐったりとシートに倒れ込む。辺りは何事もなかったかのように静まり返っていた。
 人間活動が自然環境に及ぼしてきた影響は計り知れない。しかし、気高くも脆い彼らが今この瞬間にも、この同じ時と空間を共有していることを知る時、それがどんなに貴いことであるかと思う。まだ間に合うかもしれない。そしてもうこれ以上、彼らを追いつめてはならない。切に、そう願う。
 


 
 

  

8.最初の秋を感じた日

 
 9月の空は何と繊細な表情に満ちた空なのだろう。盛夏のあの焼けつくような陽射しがいつしか衰え、熱気の中にハッとするような涼風が混じるようになると、よどんでいた空の色は少しずつ、蒼さと純度を取り戻しはじめる。暑さが苦手なぼくは、毎年この小さな変化を空に感じると、小躍りしたい衝動に駆られるのだ。
 そういえば小さいころからよく空を見上げていた。山の稜線に沿って生まれた幼雲が、旅をしながら生き物のように思い思いにその姿を変え、やがて空の彼方に消えてゆく。その行く先にはきっと明日の世界があるのだと信じていた幼いあのころ。無性に空を飛びたかった。 ただ雲を眺めているのが面白くて、暗くなって母親に『いいかげんに降りてきなさい』と呼ばれるまで屋根の上に寝ころんでいたこともあった。子どものころ、時間はゆっくりと流れていた。そして何より、時間は友だちだった。大人になるとぼくたちはなぜ、時間に追われるようになってしまうのだろう。
 ちょうど二年前の9月1日の朝、ぼくはファームショップの裏手に広がる牧草地の片隅に立って八ケ岳連峰を見つめていた。山肌にはまだ夏の様相が色濃く残ってはいるけれど、深みを増しはじめた空にはすでに無数のアキアカネが舞っている。かすかな涼風を体に受けながら、この年最初の秋を、ぼくは感じていた。
 赤岳の上空を越えて高く上昇してゆく雲は、次第に薄くなりながら空いっぱいに広がり、やがて蒼の中に帰ってゆく。白い雲と蒼い空。本質は同じものなのだ。久しぶりに時を忘れてこの流れる雲を見つめた。幼かったあの頃のぼくが、そこにいた。
 世の中がどのように移ろいゆこうとも、季節は必ず巡り続けることだろう。悠久の時の流れの中で、いつの時代も人は空を見上げ何かを感じてきたように、未来の子どもたちがこの場所で、同じこの九月の空を見上げることがあるかもしれない。その時彼らの心を満たすものが平和とよろこびであるよう、心から望みたい。
 


 
 

  

9.ふるさとに咲く情熱の花

 
 久しぶりに群馬の実家に帰った。標高1.200mに位置する草津町。その高台に建つ実家周辺で日常的に起こる出来事は、さすがに低地のそれとは趣が異なる。たとえば、すぐ裏の谷にはクマザサが群生していて、それをかき分けてカモシカが頻繁に上ってくるのだ。
 「そうねえ。何日か前の霧の日にも、裏の谷から若いのが一頭上って来て、お隣のイチイの生け垣とウチの畑の花豆の葉っぱを食べて行ったわよ。窓からじっとにらんでやったら、細い木の枝の後ろに回ってこっちを見ているのね。
 あれはきっと隠れているつもりなのよ。丸見えなのにね。」と、母が笑いながら言った。
 病身の母は、窓辺のソファに座って庭を見るのが楽しみなのだ。ポアロとかいう名の、トマトをかじる近所の猫もいるとか。高冷地では猫も菜食主義なのかもしれない。まさかそんな…。
 冗談はさておき、ぼくはこの1,200mオーバーという標高がたまらなく好きだ。物の見え方が下界とはまるで違う。とにかく鮮やかなのだ。空気の純度が高いせいなのかもしれない。
 母の親しい友人でお隣に住む長峰おばちゃんは花作りが大好きで、毎年丹精込めてお花を育てているが、今年のおばちゃんの庭はキバナコスモスが咲き乱れている。ぼくの好きな花の一つだ。
 「おばちゃん、ちょっと入るね」。心でつぶやきながら庭の片隅にお邪魔し、花に埋もれるようにして300mmレンズを向ける。
 オレンジ色の光のジュースの中に力強い花の輪郭と、薄緑色のしなやかな茎が浮かび上がった。植物というにはあまりにも動的なインパクトに圧倒されながら、シャッターを切る。しかし平地で見るこの花、こんなに情熱的なコントラスト持っていたかなあ。
 高原の四季は圧縮されて進む。八月の半ばではあるが、そこには既に秋の気配が同居しているのだ。これから季節は冬に向けて加速度的に移ろい行くことだろう。その歩みに抗うかのように高地で精いっぱい生きる生命の輝きが、より鮮やかさを際立たせる本当の理由なのかもしれない。
 今度実家に帰る時は、大好きなこの作品をおばちゃんにプレゼントしよう。喜んでくれるとうれしいな。
 


 
 

  

10.こころの手紙

 
 「あのぉ、これは絵ですか、それとも写真ですか?」
 個展で作品にしばらく見入っていた方が遠慮がちに尋ねてきた。
 ぼくは写真を印画紙ではなく、表面に細かい凹凸を持つ画材紙をベースにしたモローという紙にプリントしている。PCM竹尾という紙の老舗が制作しているこの紙には光沢印画紙特有の平面性やシャープさとは違った味わいがある。
 色の深みや動物の毛並みの質感、そして見えない空気の存在感までも描き出してくれるこの紙は、ぼくにとって作品づくりに欠かせない大切な素材だ。
 「まるで水彩画みたいですね」
 「はい。カメラで描いたこころの絵なんです」
 光、風、空間の広がり、音、香りといった現実の深みの中で受けとめた一瞬を一枚の紙に定着する写真の奥深さを思いつつ、一方でぼくはある種の限界をいつも感じてきた。もし何らかの要素が加わることによって、その限界を少しでも超えられるのなら、結果的に写真という枠を飛び出すことになってもいい。その意味で、ぼくは作品を「表現」と呼びたい。
 何かを創造し表現することは、こころの内面を誰かに伝えていくことだと思う。話す言葉が通じなくても共有できるこころの言葉、それがアートではないだろうか。そしてアートはハートに通じる。だからぼくにとって写真は「写心」であり、こころの手紙なのかもしれない。
 甲斐大泉駅のほど近くにある井富湖の畔にたたずむ1本のこぶしの木。開花の時期を迎えた四月のある朝、優しい光に包まれてこぶしの花が輝いていた。誰のためでもなくただそれ自身のために咲くこの花の清らかさ、生命の美しさに惹きつけられながら、叫び出したいような幸せをこの時ぼくは感じた。希望と喜びに満ちた特別な空気が、その空間を包み込んでいた。今この瞬間を生きていることの喜びは、最も純粋で最も大きな力を持つ。
 あの四月の朝、こぶし咲く空間を包み込んでいた空気は、一枚の作品として紙の中に封印された今も、それに向かい合う人にやさしく語りかけてくれる。
 幸いはあなたと共に。


 
 

  

11.実りの秋に

 
 清里の牧草地を縁取る雑木の木立ちに絡んでいるアケビが、実りの時期を迎えた。メジロが群れをなしてやってきては、旺盛にアケビをつついている。小さな黒い種をいっぱい含んだ半透明の果肉がたちまち消えてしまうほどの食べっぷりだ。夜にはきっとヤマネが、同じアケビの蔓の間を嬉々として走りまわることだろう。甘い果肉とともに彼らのお腹に収まったアケビの種は、つかの間の旅をし、やがて糞と一緒に落とされて、来春また新たな生命を展開してゆくのだ。
 一つの生命は他の生命にかかわっている。何かを受け取り、何かを与えながら、見えない生命のバランスは保たれてゆく。生命とは巡りゆく輪のようなもの。人間は今日、この繊細な生命のバランスにどうかかわっているだろうか…。
 4月の終わりだったか、小学四年生になったばかりの娘が自宅の片隅にあるギンモクセイの、生い茂った枝葉の間にメジロの巣を見つけて、知らせに来たことがあった。よっぽど動揺したのだろう、両手をゲンコツにして鼻を膨らませながら、途切れそうな声でいずみは言った。
 「ねえ、パ、パパ。あそこの木の、葉っぱの、葉っぱの後ろに、巣がある」「わかったわかった。お前、声裏返ってるよ。よし、見に行こう」 おもむろに腰を上げたのだが、本当はぼく自身、すぐにでも走り出したい衝動を抑えるのに精いっぱいだったのだ。こんな日常の小さな感動の一つ一つが、実は幸せというもののエッセンスなのではないだろうか。
 瞬く間に過ぎた半年。長いようで短い時の流れの中には、いろんな想い出が満ちている。記憶とは、時間という空白の上に様々な色や形をした無数の想い出の断片をちりばめた、ちぎり絵のようなものなのかもしれない。人は一生をかけて、その人にしか描くことのできない、ただ一枚の記憶のちぎり絵を完成させてゆく。
 
 久しぶりにのぞいた庭先の巣。空っぽの巣から短いヒナの声がかすかに聞こえてくるような錯覚を覚え、胸がいっぱいになる。あのメジロの群れの中には、もしかしたら半年前にここから巣立った子もいるかもしれない。子を想う気持ちは動物でも人間でも同じなのだ。様々な想いを載せて、今年の秋も深まってゆく。
 


 
 

  

12.こころの耳で聴く

 
 無意識に目を向けたら誰かと視線が合ってしまったという経験は、きっと誰にでもあると思うのだが、面白いことに動物との間にも、時折そういうことがあるのだ。たとえば霧の中を車で走っていてふと見たら、カラマツの木立の中から鹿の親子がこちらを見ていたとか。ぼくはそんなことを年に何度か体験する。
 八ケ岳という環境がそれを可能にするのかもしれないが、とにかく視線が一瞬にしてそこに行くのだから、きっとこれはある種の感覚なのだと思う。うまく言えないが、人間が本来備えている本能とでも言うべき、とても古い感覚の一部であるような気がするのだ。
 まきば公園を抜けて川俣渓谷にかかる赤い橋に続く道路の手前のカーブには、高い石垣がある。二月のある晴れた朝のこと、息子の大地を清里聖ヨハネ保育園に送った帰り道、橋を渡りながら石垣を見上げると、雪が解けてまだらに土が露出した高台で、のんびり枯れ草を食べているカモシカと目が合った。道が直線になるところでさりげなく車を停める。後続車が次々と通り過ぎてゆく。どうして誰も気がつかないのだろう。とうとうぼくは車を降りて、石垣の上まで登って来てしまった。
 時々視線を交わしながらぼくも土手にそっと腰を下ろす。どうやらご機嫌は損ねていないようだ。濡れた鼻先や角の根元にくっついている苔が生々しい。
 何だか妙なことになった。蟻のように列をなして往来する車の色とりどりの屋根を、ぼくは今、カモシカと同じ土手に並んで座り、一緒に見下ろしているのだ。まったく別次元の時間と風が、ここには流れている。
 動物や草木とこころを通わせ、風の中に自然の語りかける声を聴く。本能のようなこの古い感性を、ぼくはとても愛おしく思う。そして何とかしてもう一度、この感性を呼び覚ましたいのだ。「そんな夢のような話」と一笑に付さないでほしい。今という時代だからこそ、ぼくたちは母なる自然の声を、自分自身のこころの耳で聴く必要があるのだ。それは生命の根源にふれる営みであると、ぼくは信じている。
 どれだけ科学が進もうとも、ぼくたちは自然を離れて生きることはできない。ぼくたちは自然という大きな生命の一部なのだから。
 


 
 

  

13.夜明け

 
 時計の針が朝四時を回った。濃霧で何も見えないが、おそらく夜明けを迎えたのだろう。急に風が強くなってきた。耳元を風がびゅーびゅー音をたてて通り過ぎてゆく。七月だというのに気温が低い。停滞していた霧がゆっくりと動きだした。じっと目を凝らすと、幾重にも折り重なった密雲が渦を描くように霧の中を流れているのが見える。まるで水墨画の濃淡の世界に入り込んだかのようだ。やがて東の彼方にぼんやりと光が見えてきた。
 「ひょっとすると、運がいいかもしれないぞ」。思わず期待を抱く。そんな気持ちが通じたのか、霧が風によって次第に吹き払われてゆく。じっと見守っていると、低い雲の切れ間から朝日を鋭く反射する湖面が見えはじめ、ついに神々しい光に包まれた神秘的な摩周湖がその全貌を現した。
 夜明けの光が風を呼び起こし、こんなにも劇的な変化をもたらすとは…。
 深い色合いに満ちた湖水の上を風が自由に吹き巡っている。孤島カムイシュが、まるで湖面を静かに泳ぐ巨大な生き物のように見えた。 一陣の風が、湖面に波紋を刻みながらこちらに迫って来る。風は湖岸にぶつかり、そのまま群生するクマザサをなびかせてまっすぐに吹き上がり、カルデラ壁の急斜面の上に立っているぼくを包み込むように、後方に吹き抜けていった。
 湖水の冷気を含んだ風を体に受けながら、じっとこころを澄ます。このざわめきは一体何なのだろう。湖を包みこむあらゆる要素が風の中で振動しているかのような感覚。風はクマザサだけでなく、ぼくの体の中の細胞の一つ一つをも共鳴させ、こころの中の草原をかき立てていった。
 アイヌの人々は摩周湖を取り巻く外輪山の中でもひときわ高い山を、カムイヌプリと呼んだ。それは神々の宿る山という意味を持つ。幽玄の自然に身をゆだね、その息吹に触れながら、先住の人々がこの山に込めた思いと心の片鱗を垣間見たような気がした。
 かつて北極圏アラスカの大自然の中で感じた、あの畏怖の念と不思議な気持ちがよみがえる。それは初めて訪れたはずなのになぜか懐かしい、確信にも似た不思議な気持ちだった。
 「ぼくはずっと昔、きっとここに来たことがある」
 


 
 

  

14.星野道夫さんのこと

 
 人の生き方を根本から変えてしまうような出会いがある。運命とでも言えばいいのだろうか。ぼくにとって星野道夫さんとの出会いは、まさにそういう出会いだった。
 アラスカの大自然に魅せられ、そこに生きる生命を愛し、失われゆく先住民族の神話に秘められた深い精神性を、言葉として後世に伝えようとしていた道夫さん。彼は写真家であると同時に優れたエッセイスト、そして思想家でもあった。
 深い洞察の中から紡ぎ出された純粋な言葉の数々は、どれほど多くの人の心を揺り動かしてきたことだろう。彼のこころをいつも満たしていたのは、生命への共感だった。道夫さんの瞳の中に永遠を見つめ続ける澄んだまなざしを見たのは、きっとぼくだけではないはずだ。残念なことに道夫さんは10年前に、43歳という若さで世を去ってしまった。
 ぼくがはじめて道夫さんに出会ったのは、もう20年も前のことになる。どう生きてゆくべきか思い悩んでいたぼくに、彼はこう語ってくれた。
 「好きなことをやって行きなよ。本当に好きなことなら、どんなことがあってもやっていける」
 言葉はそれを語る人の思いを表わすだけでなく、その人自身であると、ぼくは思う。道夫さんがこの時ぼくに語ってくれた言葉は、きっと彼自身が壁に突き当たるたびに自分に何度も語り聞かせてきた、生きた言葉であったはずだ。道夫さんはあの時ぼくに、彼の存在そのものをさし出してくれた。
 間もなく道夫さんと同じ歳を迎えようとするこのごろ、あらためてぼくは、ぼく自身のアラスカを想う。やはりここは、ぼくのこころの原点なのだ。
 人の存在のはかなさ、愚かさ、そして愛おしさ。アラスカの大自然のふところに抱かれて、ぼくは、人が本来立つべき位置を知った。すべてを包容し、時にすべてを拒絶する大自然。人智をはるかに超えた壮大な生命が息づく極北の地、アラスカ、マッキンリー山。道夫さんはこの山の連なりの中に、何を見つめたのだろうか。
 星野道夫展「星のような物語」が、今月23日まで清里の県立八ケ岳自然ふれあいセンターで開催されている。彼は、彼自身である作品を通して、今日も生命のメッセージを、多くの人に語りかけてくれることだろう。
 


 
 

  

15.絆

 
 北極圏アラスカに東西800キロにわたって横たわるブルックス山脈。その中ほどに、アナクトゥヴクパスという場所がある。急峻な山脈を東西に二分する広いU字谷にぽつんと存在するこの集落は、氷河の面影を色濃く残す緩やかな峠にあり、毎年春と秋の二度、北極海へと続くこの谷をカリブーの大群が渡ってゆくのだ。
 この地に住むエスキモーたちは、ここが「北極への門」という名の広大な国立公園に指定されるずっと以前から、カリブーを捕獲し続けてきた。
 「ねえ、向こうの山すそに並んでいる白いテントは、何のためにあるの?」
 この地で知り合ったハロルドという、ぼくと同年代のエスキモーの友人に聞いてみた。 
 「あれはサマーキャンプさ。渡りの季節が近づくと、あそこで男たちは交代でカリブーを見張るんだよ」
 その日がいつなのかは誰も知らない。ある日何の前触れもなく一頭のカリブーが谷に姿を現し、その数分後には信じられないほどのカリブーの大群で谷全体が埋め尽くされる。やがて最後の一頭が走り去ると、谷はまた、何もなかったかのようにひっそりと静まり返るのだという。
 昔から彼らは渡ってゆくカリブーを仕留め、それを永久凍土の氷の層の下に掘って作った天然の地下貯蔵庫に、一年分の食料として保存してきた。集落に発電施設が整備され、各戸に冷蔵庫が備えられるようになった今日、かつての地下貯蔵庫はその役目を終えた。しかし、彼らは今もカリブーを捕り続けている。
 彼らにとってカリブーは単なる食材ではない。捕食の関係を越えた、もっと深く根源的な部分で同じ生命に結ばれている同士とでも言ったらいいのだろうか。
 肉体から解き放たれた魂が再び戻ってくるよう祈りつつ、彼らは仕留めたカリブーの頭を切り落とし、そこに置く。それはカリブーたちの生命の記録であると同時に、その生命によって生かされている彼ら自身の生命の証でもある。死によっても断ち切られることのない生命の連続性への確信を、彼ら先住民族の生き様の中に感じる。そしてぼくはまさにそこに、深い共感を覚えるのだ。
 あの日ハロルドの家でふるまわれたカリブーの干し肉スープの味を、ぼくは決して忘れない。
 


 
 

  

16.風の道

 
 このトウヒの樹林帯を抜ければ、森林限界を超える。めざす氷河湖は、正面の岩山の左の切り立った岩壁に囲まれて、その姿を見せてくれるはずだ。ほっと一息ついているぼくの頬をなぜるように、風が通りすぎていった。
 数日前、ぼくはブルックス山脈の懐にある小さな航空会社の、掘っ立て小屋のような事務所で、大きな地図を広げてブッシュパイロットと話していた。ぼくの指先はそこから更に120kmほど山脈の奥に分け入った、ある地点をさしていた。
 アリゲッチ針峰群。ナイフの刃のような岩峰が屏風のようにそびえ立つこの場所の名は、「天に向けてさし出された指」という先住の人々の言葉に由来する。ここを訪れるにはフロートのついたセスナ機で、そこから20kmほど下流の小さな湖に降り、渓谷にそって道なき道を遡上することになる。この渓谷の一番奥にある岩峰に囲まれた氷河湖を撮影するのが、ぼくの目的だった。
 セスナの窓越しに空から見下ろす岩峰の連なりは、開いたサメの口を見ているようだ。もしも、その頂上のどれか一つにでも座れたとしたら、絶対にお尻に刺さるに違いない。
 突然パイロットが振り向いてぼくに合図を送り、旋回を始めた。眼下に目的の氷河湖が見える。ぼくを降ろす前に、彼はその上空を一周だけ飛んでくれたのだ。10日間のフィールド生活に必要な最小限の荷物は、撮影機材を含め全部で63kg。ぼくの体重より5kgも重い。そのすべてを一人で背負って歩く。
 「10日後の午後一時に、またこの場所で」
 「了解、気をつけて行けよ」
 迎えの日時を確認すると、セスナは水しぶきをあげて再び空に飛び立っていった。
 爆音が次第に遠くなり最後の音も風に吹き消されてしまうと、どこまでも続く静寂の世界が広がっていた。
 アラスカを旅しながら、しだいにぼくは風を意識するようになっていった。風は思いのままに吹く。その道を知る者はない。風はどこか旅に似ていないだろうか。そして人生もまた、旅と言えるかもしれない。風の道に思いを馳せること、旅を通して人生の意味を探してゆくこと。実はどちらも同じ事柄の、異なる側面なのではないだろうか。
 風を頬に受けながら、ふと、そう思った。
 


 
 

  

17.氷河湖

 
 時を忘れて、この蒼く澄んだ湖水を見つめていた。
 何日も渓谷を遡り最後の岩壁を越え、ようやくたどり着いた目的の氷河湖。はるか遠くにそびえていたアリゲッチ針峰群のピークは今、すぐ目の前にある。静寂の世界がそこにあった。
 はじめて訪れたこの場所が、なぜこんなにも懐かしく愛おしいのだろう。きっとこの想いは、ぼく個人の知識や経験によるものではない。もしかしたら、個を超えて人が昔から心の奥に無意識に共有してきた、深い記憶のようなものなのかもしれない。
 岩と氷、空と水、そして光の綾なす空間。生命を拒絶するはずのこの場所で、ぼくは根源的な生命にふれた。全ての源として存在し語りかける、声なき声、言葉なき言葉といおうか。沈黙の中に満ちている人智を超えたこの限りない慈しみに、自分も包まれていることを知った。
 あれほど憧れた場所に今立っているのに、どうしても写真が撮れない。いや、正確に言えば、確かに撮っているのだ。が、シャッターを切るそのことごとくの瞬間に、心は「違う」と叫ぶ。テクニカルなこととは全く別の次元のことなのだ。ぼくはこの時、目の前に見える光景ではなく、その奥に心で感じ取った根源的な何かを、写し込もうとしていたのかもしれない。
 アリゲッチ、すなわち「天に向けてさし出された指」という、先住の人々のこの場所に対する呼称は、そのまま彼らの心を表わしている。それは祈りの言葉であった。
 気の遠くなるような時間をかけて氷河は活動してゆく。数万年の昔、ここも厚い氷に閉ざされていたに違いない。しかしその時間さえも地球的スケールで見れば、どれほどのものだというのか。 個々の生命のスケールをはるかに超えて営まれる大自然の移ろいを身をもって体験することなど、人間にはできない。人の一生の、何とはかないものであることだろう。だからこそ、いつの時代も人は天に向けて手をあげ、永遠なるものを求め続けてきたのではないだろうか。
 アラスカのフィールドを旅することの意味が、少しづつぼくの中で明確になってきた。それは、今この瞬間を生きる自らの生命を、根源的な生命とのかかわりの中で知ってゆくという作業だった。
 


 
 

  

18.極北の友

 
 「あっ、こらっ!それは靴だ。かじるな!」
 たとえ極北のフィールドに一人でいても、しゃべる機会は結構あるものだ。あたり一面の土の巣穴から出てくるホッキョクジリス。その愛くるしい姿とは裏腹に、彼らは油断できない存在だ。
 ある日、川渡り用の運動靴をテントの外で干していた。気がつけばジリスがいる。口から何か断片が。あわてて靴を取り返す。かじられた靴は、かかとの横に見事な穴が。
 怒りに震えて靴を拾い上げ、あいた穴からのぞいたら、遠くで立ち上がり円らな瞳でこっちを見ている無邪気な犯人と目が合った。なんとも間のぬけた瞬間が自分でもおかしくて、不覚にも爆笑してしまった。
 ホッキョクジリスは、アラスカに住むヒグマやオオカミ、猛禽類などの生命を支える貴重な食料源だ。いったいアラスカ全土にはどれくらいの数のジリスが生息し、年間どれだけの数が、食べられてしまうのだろうか。
 翌日の午後のこと、テントの中でうたた寝をしていたら、すぐ耳元で気配がした。いつもの友だ。今日はとうとうフライシートの内側にまで、もぐり込んできた。「また靴か」
 うつぶせに寝たままカメラを構えファインダーをのぞく。あろうことか極北の友は、広角レンズのフードにまで手を乗せてくる。その浅い鼻息がファインダー越しにぼくの顔にかかり、長いひげの先が額に触れた。
 「お前、いくら何でもそれは寄りすぎだよ」
 推測だが、危険を感じると巣穴に逃げ込むホッキョクジリスは、テントのように閉じられた薄暗い空間の中にいる者を警戒しないのかもしれない。ぼくが話しかけるたびに、なぜか友は、声の主でなくテントの外の様子を見に行くのだ。何度か同じことを繰り返すうちに、ちょうどぼくの目の前に、ふさふさした友のしっぽが…。思わずぼくは、そのしっぽをつかんでしまった。
 衝撃とともに友の姿は消え、ぼくの指の間には、筆ができそうなくらいの毛が。ちょっと後悔。でも気持ちは晴れた。
 「まあいいか。靴のお返しさ。友よ、また遊びにおいで」
 外に出て、つまんだ綿毛を青空に向けて、ぷいっと吹き飛ばす。
 「さて撮影に出かけよう。おっと、靴はしまったかな」
 


 
 

  

19.平和の虹

 
 虹がもし天と地を結ぶ平和のかけ橋であるなら、両者の距離はぼくたちが想像しているほど、遠くはないのかもしれない。雲間からすっとさし降りたこの虹を見て、そう思った。
 アラスカに滞在した二ヶ月ほどの時間の中で、一体いくつ虹を見ただろう。どんなに広い空であっても、雲の小さなすき間からでも、雨の中でさえも、虹は一瞬のうちに天と地をつないでしまう。大切なのは天地の距離ではなく、太陽の光がそこにあることなのだ。
 平和という言葉を聞く時にイメージするものは、国や人によって異なるだろう。ぼく自身にとって平和とは、国や社会に実現されたある特定の状態をさす以前に、むしろ一人一人の心のありかたに深く関わるものだと思っている。さまざまな正義や主義、宗教、権利が渦巻く人間社会。国の数だけ正義があり、人の数だけ主義がある。互いを理解しゆずり合うことの難しさを、ぼくたちはよく知っている。なぜそんなに争わなければならないのだろう。そもそも人は、何のために生きるのだろう。
 人の歴史はそのまま、争いの歴史と言えるかもしれない。地上に生じた人間が、もともと誰のものでもなかった土地を所有するようになり、争いも生じた。やがて天と地の概念も生まれてきた。しかし、人の生まれるはるか以前から、虹は天地を結び続けてきたにちがいない。虹は人の実生活に何も役立たないし、経済に貢献することもない。それでも虹は、虹であり続ける。
 自分に理解できない世界、所有できないもの、利益を生まないことの存在がいかに大切であるかということに、ぼくたちは気づくべきではないだろうか。
 かつて星野道夫さんがこう書いていた。「ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が確実にゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは天と地の差ほど大きい」
 同じ時を共有する見えないすべての生命を想う一人一人の小さなこころが、虹のように一瞬に世界を結ぶのだと、ぼくは信じている。それが実現できた時、きっと平和という概念さえも必要なくなるのだろう。虹はそれを思い出させるために、虹であり続けるのかもしれない。
 


 
 

  

20.たき火の力

 
 寒さで目が覚めた。シュラフの中から手を伸ばしテントを開けてみたら、信じられないほど鮮やかな光彩が、空いっぱいにあふれていた。天を仰いで思わずついたため息さえも光の粒子となって、空のグラデーションの中に溶けていってしまいそうな気がした。
 午前二時半。観客はぼく一人かもしれない。あまりに美しい光景に出会った時、どうして人は悲しい気持ちになるのだろう。
 小さなたき火をした。風雪にさらされて骨のように白くなったハイマツの枯れ枝を集めて火を起こし、そっと手でおおう。炎はかざした手の内側で踊りながら、しだいに輝きを増してきた。やさしいぬくもりに体が包まれる。透き通った群青色の空とオレンジ色の炎、燃えてゆく木のパチパチとはぜる音、煙の香り、空の深みへと舞い上がってゆく金色の火の粉。すべてが尊く、美しい。
 「極北のアラスカではね、ハイマツがひとさし指くらいの太さに育つのに、百年以上かかることもあるんだよ」
 いつだったか星野道夫さんがこう話してくれた。目の前の炎も、数百年の歴史を内包しているのかもしれない。生きるということは、きっと、さまざまな生命の歴史に自分の歴史を重ね合わせてゆくことなのだろう。
 残念なことに最近ぼくたちは、炎を見る機会がめっきり減ってしまった。囲炉裏、かまど、落ち葉たき、どんど焼き。生活にせよ祭りにせよ、炎は人にとって身近なものだった。火を手にして以来、人は火とともに歩んできた。家族が囲炉裏を囲んだつい昨日のような時代の、心の豊かさを思う。便利な時代ではなかったかもしれない。が、幸せや心の豊かさは便利さと決してイコールではなかったことを、今日、ぼくたちはよく知っている。
 人は遠い昔から、火を囲んで共有する時間の中で家族の絆を深め、大切なことを自然に学んできたのではないだろうか。たき火には人を癒し、心と心をつなぐ不思議な力が秘められているような気がしてならない。
 空の光彩がいっそう輝きを増してきた。白夜の季節は終わりを告げ、夜が戻りつつある。間もなく季節は一足飛びに、冬へと移ろいゆくことだろう。
 遠くで呼び交わすオオカミの、かすかな声が聞こえた。
 


 
 

  

21.落ち葉

 
 冬枯れた明るい雑木林を歩いた。落ち葉を踏みしめる音とふかふかの土の感触が、記憶を呼び覚ます。
 群馬県ですごした小学生時代。通学で毎日歩く雑木の森は、四季を通じてぼくたちの遊び場だった。夏にカブトムシが集まる木があり、ぼくたち遊び仲間は、その一本一本に名前をつけていた。たとえば道脇の斜面の下に立つ木は「がけの下」。青い街灯の横に立っているクヌギは「青デンキ」というように。しかし、ずいぶん時間が経ったものだ。たくさんあったはずの秘密の木の名前を、今はもう思い出すことができない。
 ドングリが青く育つころ、台風もきまって何度かやって来る。その翌朝に森へ出かけるのが楽しみでしかたなかった。若いドングリが葉っぱごともぎ落とされて、山のように積もっているのだ。
 緑一色のもの、淡い縦筋がついているもの。どれも本当にうっとりするほど美しい。種類によって微妙に模様の異なるドングリを、ただひたすら夢中で拾い集めたものだ。しかし、どんなにきれいなドングリも、数日後には色あせてしまう。幼な心に無常を感じ始めたのも、このころかもしれない。
 晩秋から冬。春をまつ季節。森は落ち葉で覆いつくされる。学校帰りのぼくたちは、木枯らしが腰の高さまで吹き集めた落ち葉の山を見つけては、そこにもぐり込む。体をほんのり包み込む暖かさと甘酸っぱい香りを、今もよく覚えている。嗅覚は時に、視覚よりもはるかに強く記憶と結びつくのだろうか。
 春に生まれ、半年という時間を精いっぱい生きて舞い落ちてきた木の葉たち。一枚一枚にドラマがあったことだろう。虫に食われて穴があいたり斑になったり。一つとして同じものはない。そしてそれぞれが、晩秋の太陽の光を思い思いの色で封じ込めたかのように美しい。たとえ明日、その色はあせてしまう運命であるとしても。
 美しさとは、固定されたある瞬間だけにとどまらず、移ろいのプロセスそのものの中にある、動的なものなのかもしれない。
 土に帰った落ち葉たちは、やがて再び木の中に取り込まれ、いつかまた元気な若葉として芽吹くことになるのだろうか。新たな生命を夢見ながらつかの間の眠りにつく落ち葉の輝きの中に、生命の連環を想った。
 


 
 

  

22.初雪の朝

 
 八ケ岳がうっすらと初雪でおおわれた朝、急に思いたって蓼科方面にまで足を伸ばしてみた。ふもとはまだ秋のままなのに、高度が上がるにつれて植生や風景はどんどん変化してゆく。ある標高を境に、季節は秋からすっかり冬の装いへと変わっていた。あと戻りできない扉を開けて、別の部屋に入り込んでしまったような気持ちになりながら車を降り、高見石ヘと続く人気のないトレイルを久しぶりに、そっと歩いてみる。
 一面にふりまかれた透明なビーズのように輝く雪の結晶に、朝の低い光がななめにさし込み、落ち葉の輪郭が空間の中に浮かび上がっていた。地面にかがみこまなければ見ることのできないこのアングルは、とりたてて人目をひくものではないかもしれない。でもぼくにはこの光景が、とても美しく感じられたのだ。こんなふうに被写体の後ろからちょっと逆光気味にさし込む光が、ぼくは好きだ。きっとこの淡い雪の結晶も、午後までにはすっかり消えてしまうことだろう。何度かこういう出来事をくり返しながら冬は着実に深まり、やがて大地は根雪におおわれてゆく。
 四季のうつろいが人の一生や時代の盛衰に例えられるとき、冬にはマイナスの意味が込められることが多いかもしれない。しかし、ぼくは冬という季節から、むしろ力強いプラスのメッセージを受け取るのだ。
 あらゆるものが凍りつき雪と氷に閉ざされる厳冬の森で、小鳥が元気いっぱい鳴きながら飛び回っている。雪の中、白い息を吐きながらたくましく生きる鹿の群に出会うことがある。すっかり葉を落とした木々の一本一本の枝先には、やがて来る春のために、小さな固い芽が備えられている。生きることへの強い意志が伝わってくるのだ。静寂の中に果てしない生命の底力が息づいているのが、冬という季節なのかもしれない。
 冬の寒さがあるからこそ、やがて来る春は、たくさんの希望と美しい光に満ちあふれるのだろう。春と冬の関係はちょうど、逆光の光が落ち葉を浮かび上がらせたこの光景の、光と影のあり方によく似ていると感じるのは、ぼくだけだろうか。
 


 
 

  

23.こころの場所

 
 ここにいると、なんとなく気持ちが落ち着く。だれでもそんな空間を一つや二つ、持っていないだろうか。それは庭のかたすみの花壇であったり、お気に入りの雑貨店かもしれない。ぼくはそれを「こころの場所」と呼んでいる。
 どうやらぼくは根っからの自然育ちのようだ。小高い丘にある見晴らしのいい岩の上とか、梢をわたる風の音が素敵に響く森とか、うまく説明できないが、そういう空間に共通するある種の空気に、ぼくの波長は合うような気がするのだ。
こころの波長と空間の生み出す波長とが調和して一つになる。「心地よい」とは、なんと含蓄に富む言葉なのだろう。
 天女山入り口を小淵沢方面に少し行ったところにあるカラマツの森の切れ目。とりたてて素晴らしい展望があるわけではないが、気になる場所の一つだった。富士山にうっすら雪がつもった初冬のある晴れた日、久しぶりにここを訪れる。春先にはきれいに下草が刈り込まれていた空間が、銀色に輝くすすきの海になっていた。穂の海につかりながら静かに目を閉じていると、四月の終わりのある霧の朝、ここで体験した出来事が浮かんできた。
 その日、霧は時ならぬ淡雪に変わり、芽吹きのカラマツの森は幻想的な雰囲気に包まれた。ふいに遠くの木立の間から一頭の若い鹿が迷い出た。まるで何かにこころを奪われているかのように、無防備に。 ぼくもその時、森に満ちている春の香りと新芽の輝きにすっかり魅せられて、そこにたたずんでいたのだ。この瞬間、ぼくはあの鹿と、きっと同じ気持ちを分かち合えたような気がする。
 あれから何度目の冬を迎えることになるだろう。一期一会の出会い。あの鹿は元気だろうか。
 最近よく思うことがある。見るという行為は、たとえどんなに近づいたとしても、結局、見る対象と自分との間にある距離を埋めることはできない。しかし、たとえどれほど遠くにあって見えないものであるとしても、それがこころの波長で結ばれたとき、ぼくたちは個という壁や距離を超えてその対象を、はるかに深く感じ取れるような気がするのだ。
 生命を感じるとは、きっとそういうことなのではないだろうか。
 
 


 
 

  

24.神からの贈り物

 
 明日はクリスマスイブ。大切な人と食事の約束をしたり、心をこめたプレゼントを用意している人も、たくさんいらっしゃることだろう。せっかくの機会なので、わたしからも一つ提案させていただきたい。お近くの教会のクリスマス礼拝に、ぜひ参加してみてはいかがだろうか。
 わたしが牧師をしている長坂聖マリヤ教会は、英国教会の流れをひく聖公会に属し、清里の父として今も親しまれているポール・ラッシュ博士によって、四十五年前に建てられた。清泉寮や姉妹教会である清里聖アンデレ教会を訪れる人は多いが、長坂駅から歩いて十五分ほどの地に、同じポール博士の息吹を受けた教会があることを知る人は、残念ながらそう多くはないようだ。
 長坂聖マリヤ教会では毎年クリスマスイブの夜7時から、イブ礼拝がささげられる。もちろん、どなたが出席してくださっても大歓迎である。キャンドルを手にもち、聖書に耳を傾け、聖歌をうたってキリストの降誕を祝い、世界の平和を祈る。キャンドルにともされる炎は街の輝きには遠く及ばないが、たくさんの小さな光で満たされた礼拝堂は、深い平安とよろこびに包まれる。いずれの教会でもこの日、神からの素晴らしい贈り物、世に現れた光についてのメッセージが語られることだろう。
 キリストは二千年前、貧しく、最も弱い姿で世に来られた。それはすべての人を神の愛の豊かさにまねくためだった。しかし世界はいまだに、争いから自由になることができない。正義や宗教が殺りくや争いの原因になるのは、なんと悲しいことだろう。 平和へのアプローチは、わたしたちの最も身近な、こころの実感の中にあるのではないだろうか。それは「喜び」という感情である。世のあらゆる生命は人智を超えた根源的な生命から生まれ、あらゆる立場を超えて愛され、ひとつであること。その喜びの意味をもっと深く味わい、大切にしたい。
 明日、平和を祈りつつともす小さな炎が、世界を真の愛で包むことを願ってやまない。
 聖書のルカによる福音書に記された天使の賛美を紹介して、今年最後の連載をしめくくることにしよう。
 「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、み心にかなう人にあれ」
 よきクリスマスを。
 


 
 

  

25.凛

 
 ある冬の日の朝のこと、落葉してすっかり明るくなった清里のトレイルを、久しぶりに歩いた。特に意識を向けなくても、足は勝手に道をたどってゆく。何かを考えるのではなく、こころの赴くままに森を歩く時間が、ぼくはとても好きだ。
 ふいに空間を影が横切り、倒れかかるように傾いた木の幹にとまった。梢からさし降りた光の輪の中に、ルリビタキの姿が浮かび上がっている。ファインダーを通して円らな瞳と目が合った次の瞬間、瞳の主は消え、ただ残像だけが鮮やかに、こころのスクリーンに焼き付いた。
 ルリビタキの性別をとっさに見分けることは、ぼくには難しい。おそらく出会ったのは雌だと思う。もし尾羽の上の腰のあたりが見えたなら判別できただろう。雄の幼鳥は雌とほとんど同じ姿をしているが、腰のあたりにほんのり青みがあるのだ。雄は何度か冬を越しながら、オリーブがかった褐色から徐々にるり色ヘと変わってゆくらしい。
 数年しか生きないルリビタキの雄が、その数年をかけて、美しいるり色に変わってゆく。それはつまり、一生をかけて、ということなのだろう。厳しい自然界の中で彼らが天寿を全うできる確率の低さを思う時、鮮やかなるり色の雄鳥が「幸福を呼ぶ青い鳥」と呼ばれる理由がうなずける。数年という時の重みを感じた。
 しかし、このルリビタキの視線の何と自信にみちていることだろう。手のひらにすっぽり収まるほど小さいのに、今にも写真から飛び出してきそうな気迫が伝わってくる。威厳さえ感じるのだ。 こんなに小さな体の中に、どうしてこんなにも力強い生命の炎が燃えているのだろうか。
 ネガティブに受けとめられがちな、冬という季節が内包する底知れない明るさ、静寂の中にみなぎる生命力。ちょうど冬の森の梢からさし降りてくる光と影のコントラストのように、相対するものの緊張感があるからこそ、生命の輝きは際立つのかもしれない。
 やがて春を迎えた時、自分の羽がまた少し青みを増したことに、彼らは気づくだろうか。いや、きっとそれさえも、彼らにとってはどうでもいいことなのだ。今この瞬間を生きることこそが、彼らにとってのただ一つの現実なのだから。
 


 
 

  

26.光と影の魔法

 
 レンズには酷な条件だが、ぼくは写真に太陽を写し込むのが好きだ。雪の残る八ケ岳の県営牧場。紺碧の空の広がりの中を一筋の飛行機雲が、白竜のように西へと伸びてゆく。
 空間に余すところなく降り注ぐ光。その光と、空の青と、大地のシルエットという限られた要素で構成した画像に、ぼくはとてつもなく大きなエネルギーを感じる。あえて色を切り詰めることで、その奥にある本質が見えてくるような気がするのだ。
 かつて師事した写真家で、昨年五月に他界された並河萬里さんのことを、最近よく想う。気性が激しく、時に現実と感覚の境を超えるほどに鋭い感性を持つ人だった。
 失われゆく世界各地の貴重な文化遺産を撮影し、フィルムとして後世に残すことをライフワークとした並河さんの作品の中には、あえて強い陰影で構成されたものも少なくない。短かった弟子入り期間の中で、並河さんが情熱を傾けて撮影した写真作品の数々にじかに触れられたことは、ぼくの貴重な財産だと思う。
 いつだったか、同輩がぼくに言った。「お前の写真、並河さんによく似ているね」
 当時ぼくにはわからなかった。並河さんとは好む光の性質が違っていたのだ。少なくとも当時、そう思っていた。しかし、二十年も昔に同輩から言われたこの言葉を、今ごろになって素直に受け入れたいと思うようになった。自分でも気づかない奥底で、ぼくのこころは恩師の感性に共鳴していたのだと。
 取材先のパナマ・サンブラス諸島の海岸を二人で歩いたとき、並河さんがぽつんと語ってくれた言葉がある。
 「技術は誰でも身につくが、感性は違う。一番大切なのは、お前が何を感じているかということだ」
 写真はコピーではない。もしそうだとしたら、写真は魔法を失うことになるだろう。写真は、具象の奥にある見えない本質を紙に定着させる試みなのだ。だからこそ、作品には作家の存在そのものが込められている。今のぼくには、それがよくわかる。
 光から目をそらしたくない。紙の再現領域をはるかに超えた光と影のコントラストの中には、崩壊の危機に瀕した文化遺産に対峙する度に並河さんの心に湧き上がった緊張感や激しい怒り、動揺、愛に通ずる何かがある。
 恩師の存在を今以上に深く想ったことは、これまでなかった。
 
 


 
 

  

27.地球家族

 
 春を目前にしたこの季節は、時に思いがけない雪が降ることがある。ちょうど三年前の今朝も、そんな雪の夜が明けた、美しい朝だった。
 昨日まで単調な灰色だった冬枯れの林は、朝の光に包まれて息を飲むような別世界に変わっていた。木々の枝につもった春の雪が、一面に咲いた白い花のようにやさしく輝いている。
 ぼくは水気を含んだ春の雪から、厳冬期の乾いた雪とは全くことなるメッセージを受ける。それは、封印をとかれて自由を取りもどした水の分子が、ゆるい雪の結晶の中を嬉々として巡っている、そんなよろこびのイメージ。
 春の雪は草木を潤し、大地をやさしく目覚めさせる生命の水となる。つかの間の雪景色は、やがて来る花の季節を予表する一瞬の幻のようだ。
 長坂町と小淵沢町の境に横たわる牧草地を抜ける道を通りがかった時、ちょうど薮から出てきた鹿の家族に出会った。繁殖期以外、雄は単独か雄のグループで活動するため、子鹿たちは母系の群れで育つ。5月から6月にかけて誕生し初めての冬を経験した子鹿たちは、春の雪に何を重ね見るのだろうか。
 八ケ岳周辺で鹿を見かける機会は少なくない。が、彼らに近づくことは難しい。耳を大きく広げてまっすぐにこちらの動きを見つめる母鹿の表情と、そわそわした子鹿たちのしぐさから、群れの緊張感が伝わってくる。
 限られた焦点距離のレンズ。なるべく近づきたい。撮る側と撮られる側の微妙な駆け引き。ほんの数秒のことだったかもしれない。突然、はじけるように鹿たちは見事な弧を描いて薮の中に飛び込み、ぼくはまた、雪原の中にひとり残された。さわやかな風が、静寂の空間を早春の香りで満たしていた。
 ぼくは、この森のどこかでたくましく生きている彼らの息吹を、いつも感じている。目に見えないたくさんの生命が、今、この同じ時と空間を共有していることに、ぼくたちはもっと深く、心をとめてゆくべきではないだろうか。地球に生きているのは人間だけではない。人類が、見えない絆で結ばれているすべての地球家族の声なき声、沈黙の音にどこまで耳を傾けられるか、すべての生命が一つであることに、いつ本当に気づけるかが、これからの地球の運命を決めてゆくのだから。
 
 


 
 

  

28.花が教えてくれたこと

 
 かつて夏の北極圏アラスカのフィールドを、一人で歩いた時のことだった。撮影機材のほか、テントや食料が入って自分より重くなったザックのあまりの重さに疲れたぼくは、力尽きて荷物を投げ出し、草地に倒れこんだ。ちょうどその場所は、黄色い花が咲き涼しい風の通う、心地よい空間だった。風に揺られた彼らが耳元で奏でる微かな葉擦れの音をぼんやり聞きながら、ぼくはいつの間にか眠ってしまったらしい。
 極北の短い夏を生きる名も知らない素朴な花たち。その花びらは色あせ虫に食われ、形も整っていない。でもぼくはこの花の美しさに、深く惹きつけられた。
 もし今日ぼくが訪れなかったなら、きっとこの花は広いアラスカのフィールドの中で、だれの目にも触れることなく、短い生涯を終えたことだろう。同時に思った。はたして花は、だれかに評価されるために自分を飾るのだろうか。
 ごく単純なことなのだ。花は、ただ自分の花を咲かせるために、自らの生命を生きる。人はどうだろうか。ぼくたちは自分という花を咲かせるために、自らの生命を生きているだろうか。
 他者との比較に一喜一憂する人間社会の現実の中で、人がいかに自分自身を生きることのできない存在であるかを思った。
 素朴なこの花の奥に秘められた美しさ。それは五感を突き抜けた向こうに垣間見えた、決して色あせることのない輝き。生命そのものだったのかもしれない。
 傷つき不ぞろいな花の姿に等身大の自分の姿を重ねたとき、限りある肉の体をまとった自分もまた、同じ無限の生命の輝きに包まれていることを知った。あらゆる生命が今生きて、在る。そのこと自体が神聖であり美しいのだ。しかし、それに気づけずに人は苦悩し、日常の中に埋没し、流されてゆく。それが今という時代の悲しさなのかもしれない。
 この世にただ一人の、ありままの自分を愛することなしに、人は他者を本当に愛することはできない。 目に見えない光、手で触れることのできない形、無限の生命。あらゆる存在は、個を超えた根源的生命の中に内包されている。それは、こころによってしか受けとめることのできない、美の本質なのだ。
 色あせた黄色い花は、そのことをぼくに教えてくれた。
 


 
 

  

29.希望の物語

 
 間もなく4月を迎えようとする今日。里にはすでに、春を告げる色とりどりの花が咲きはじめた。しかし、冬の様相を今なお色濃くとどめるこの山あいに春が訪れるのは、まだしばらく先のことだろう。冬と春のはざまをためらうように行きつ戻りつしながらゆっくりと、しかし確実に、季節は時を刻んでゆく。
 この美しい朝の光景の中で、ぼくはあるひとつの確信を味わっていた。
 あらゆるものは循環している。
 前日降りそそいだ暖かい雨と夜半からの濃霧が、明け方の急激な冷え込みの中で生み出した、幻想的な世界。森の梢一面に舞い降りた氷の結晶が、純度の高い朝の光の中で輝いている。それは地球という空間的キャンバスの上に描き出された、光と水と気温による壮大なコラボレーション。やがて氷の結晶は解き放たれて、再び空に戻ってゆくことだろう。循環とはまさに、大自然の呼吸そのものなのだ。
 自然と対峙しその息吹にふれるとき、ぼくはいつも叫び出したい衝動に駆られる。今感じていることを誰かと分かち合いたい。誰かに共感してほしいと。そして祈りを込めてシャッターを切る。写真を通して伝えたいのはぼくの想いではなく、自然の語る生命のメッセージなのだ。
 岩にぶつかり、瀬を白く泡立たせながら谷あいの川を嬉々として流れ下ってゆく、一滴一滴の水のよろこびの歌が、あなたにも聴こえてくるだろうか。雪解けの土から立ちのぼる、希望にあふれた甘い香りは、あなたの胸にも満ちてきただろうか。地球を包み込む雄大な、しかし、もろく繊細な空の青さに込められた平和への祈りは、あなたのこころに届くだろうか。
 大自然の息吹の前に、人の存在はあまりにも小さく無力であるかもしれない。が、一枚の画像として紙に定着された自然の断片は、撮影者の思惑をはるかに超えた意思をもって、自ら生命の物語を語りはじめることを、ぼくは知っている。
 地球は、宇宙という無限の深みをおびた書庫に収められた、青色に輝く一冊の本。それは息を飲むほどに美しい無数の物語。ぼくたちは緻密に織り上げられ結び合わされた、それぞれの生命の物語の中に生きている。
 あらゆる生命は、時空を超えて地球の息吹を分かち合う家族なのだ。
 


 
 

  

30.永遠に

 
 気がつけば、今までほとんどさくらを撮らなかったぼくが、なぜかこの数年で、たくさんのさくらを撮っていた。そればかりか、一昨年制作した写真展の30点の作品の中に実に4枚のさくらを、ぼくは選んでいるのだ。
 写真展作品を選ぶ過程で、絶対に外してはならないと強く感じる作品が残ることがある。しかもたいていの場合、そういう作品に限ってコメントはおろか、タイトルさえ思いつかないことが多いのだ。ぼくは困惑しつつも、作品が何かを語ってくれるまで、来る日も来る日も自分の作品に向かい合う。作者本人さえ気づかなかったこころの内奥を自らの作品から教えられる瞬間は、未知なる自分との再会とも言えるのかもしれない。
 個人的なことになるが、妻は最も悪性度の高い脳腫瘍とつき合っている。6年半前に28歳で発病してから現在までに、妻は2度の手術を受けた。病名を知ったとき彼女は、まだ1歳半だった息子・大地の小学校入学式までは見届けたいと願った。そして子どもたちの太陽としてひまわりのように、強く生きようと望んだ。その大地がこの春三年生、姉のいずみは五年生になる。病室で知りあった同病の親しい友人を、今日までに何人見送ったことだろう。ちょうどこのエッセーが出るころ、妻は3度目の手術に臨む。
 病を通してぼくたち家族が学んだごく単純なこと。それは、今をよろこんで生きること。そのことが、ぼくの写真を変えた。ぼくにとって写真とは、こころの言葉なのだ。
 あの写真展を準備する中で、タイトルもコメントも浮かばず、何日も苦悩のうちに向き合った4枚のさくら。それは、こころの奥深くで無意識に重ねた妻の姿だった。
 季節はめぐり、毎年かならず春は訪れる。花に自らの生命を重ねる多くの人のこころを想う。生と死、それは光と影のようなもの。光りなくして影もない。肉の体には限りがあるとしても、生命のかがやきは永遠に終わることがない。
 あの日ぼくは、写真を通してよろこびを伝えたいと願った。あらゆる生命の本質であるよろこびを。そう。生命とはよろこびなのだ。そのことを伝えるために、この30通のこころの手紙を今日まで書けたことを感謝しつつ、連載を終えよう。



フォトエッセイ写真展『自然・生命を見つめて』



清里 山梨県立八ケ岳自然ふれあいセンター    2007年4月25〜6月17日 
財団法人八王子観光協会 夕やけ小やけふれあいの里   2007年 7月1〜31日
西八王子駅前「ギャラリートラウト」   2007年8月16日〜9月4日
日本聖公会東京教区聖三一教会    2007年12月16日〜12月25日
愛知芸術文化センター地下2階 アートスペースX室   2008年2月5日〜2月11日
朝日新聞東京本社コンコース   2008年2月23日〜3月6日
株式会社アルソア本社 『EARTHDAY in 八ヶ岳2009』   2009年4月25日