1.空色の夢

エッセイ_空色の夢の画像

 まだ息子が清里聖ヨハネ保育園に通っていた頃、夕方お迎えにいったその足で、清泉寮のまわりに伸びる幾つものトレイルに、二人でよく歩きにいった。自然の気配に耳を澄ませながらほの明るい雑木林の中の小径を幼い息子とたどる一時は、実は父親の僕にとってこそ、特別な時間だったかもしれない。今日はそんな思い出の中から5月のある日の出来事をひとつ。


 「大地、ほらあそこに鳥の巣があるよ!」「あっ、ほんとだ、ねぇパパ、見てみようよ!」

 いつものトレイルの道端からほんの数本を数えた木の枝に、お椀のような巣が一つ。どうしてまたこんな目立つ場所に・・。まさか卵なんてないだろうと思いながらのぞいてみたら、予想に反して青い卵が4つ、そこに収まっていたのだ。夢見る四つの卵は、木々の若葉を通してさしてくる空の光で染めたように美しい水色だった。なんだか見てはならないものを見てしまったような気になりながら、僕たちはそっと引き返した。


 「卵、どうなっただろうねぇ。」その日以来、卵のことが頭から離れなくなってしまった僕たちは、何日かたってもう一度あの秘密の巣を訪ねてみることにした。
 心臓がドキドキするのを必死で抑えながらしばらく辺りの様子をうかがい、そっと息子を抱き上げるようにして一緒に巣をのぞいてみると・・。

 「あれ?卵ないよ、パパ!どうしたんだろう」と、泣き出しそうな大地。「うーん。なくなっちゃたね。パパにも分からないよ。」と、返事に困る僕。荒らされた様子も、卵の青いかけらもなく、ただ空っぽの巣だけが、数日前と変わらない姿で、そこにあった。心にぽっかり穴が空いてしまったような気持ちになった。

 「ねえ大地、自然の中で生きていくって大変なことだね。外敵に食べられたかもしれないし、人間にとられちゃったかもしれない。でも、生きるって、きっとそういうことなんだよ」


 この一枚の写真はもしかしたら、4つの卵が確かにこの世に生きたことを語る、最初で最後の写真なのかもしれない。でも僕はなんだかまだ、あの日の出来事が夢だったような気がしてならないのだ。森の中で息子と二人で見た、空色の夢だったような…。

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