14.星野道夫さんのこと

エッセイ_「星野道夫さんのこと」の画像

 人の生き方を根本から変えてしまうような出会いがある。運命とでも言えばいいのだろうか。ぼくにとって星野道夫さんとの出会いは、まさにそういう出会いだった。


 アラスカの大自然に魅せられ、そこに生きる生命を愛し、失われゆく先住民族の神話に秘められた深い精神性を、言葉として後世に伝えようとしていた道夫さん。彼は写真家であると同時に優れたエッセイスト、そして思想家でもあった。

 深い洞察の中から紡ぎ出された純粋な言葉の数々は、どれほど多くの人の心を揺り動かしてきたことだろう。彼のこころをいつも満たしていたのは、生命への共感だった。道夫さんの瞳の中に永遠を見つめ続ける澄んだまなざしを見たのは、きっとぼくだけではないはずだ。残念なことに道夫さんは10年前に、43歳という若さで世を去ってしまった。

1 ぼくがはじめて道夫さんに出会ったのは、もう20年も前のことになる。どう生きてゆくべきかを思い悩んでいたぼくに、彼はこう語ってくれた。


 「好きなことをやって行きなよ。本当に好きなことなら、どんなことがあってもやっていける」


 言葉はそれを語る人の思いを表わすだけでなく、その人自身であると、ぼくは思う。道夫さんがこの時ぼくに語ってくれた言葉は、きっと彼自身が壁に突き当たるたびに自分に何度も語り聞かせてきた、生きた言葉であったはずだ。道夫さんはあの時ぼくに、彼の存在そのものをさし出してくれた。

 間もなく道夫さんと同じ歳を迎えようとするこのごろ、あらためてぼくは、ぼく自身のアラスカを想う。やはりここは、ぼくのこころの原点なのだ。


 人の存在のはかなさ、愚かさ、そして愛おしさ。アラスカの大自然のふところに抱かれて、ぼくは、人が本来立つべき位置を知った。すべてを包容し、時にすべてを拒絶する大自然。人智をはるかに超えた壮大な生命が息づく極北の地、アラスカ、マッキンリー山。道夫さんはこの山の連なりの中に、何を見つめたのだろうか。


 星野道夫展「星のような物語」が、今月23日2まで清里の県立八ケ岳自然ふれあいセンターで開催されている。彼は、彼自身である作品を通して、今日も生命のメッセージを、多くの人に語りかけてくれることだろう。


  1. 新聞連載時の2006年のことです。 ↩︎
  2. 新聞連載時の2006年10月を指します。 ↩︎
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